「〈Ship〉Ⅲ」初日のラストは牧 凌平(まきりょうへい)さんの「私にとっての演劇」でした。
まず牧さんは演劇を始めたきっかけや演技の原体験について話しました。 とくに演技の原体験の話は印象的でした。
彼が小学1年生のときの話です。友人とコインを拾って遊んでいるときに自分のせいで友人の足の骨が折れてしまい、コインを握りしめながらショックや罪悪感でドギマギして帰宅すると、母親の様子がおかしかったので「バレてるのか…!?」と思ったそうです。ところが母親の口から出たのは祖父の死の知らせで、牧さんは本当は悲しいなどとは思っていなかったのにコインを手から落とし、そのとき牧さんは生まれて初めて「演技」をしたと思ったそうです。
そのあと牧さんは皆にホリエモンの近畿大学の卒業式でのスピーチを見せます。
この動画から彼がまず問題提起したのは、スピーチの内容やその良し悪しではなく、ホリエモンが何を見据えて喋っているのかということでした。 つまり、スピーチという媒体を通したホリエモンと卒業生たちとの対話で、ホリエモンが伝えたかったことは何か、それをホリエモンがどのように意識していたかということだと思います。
彼はそれをきっかけに、スピーチと演劇を重ね、演劇空間で俳優がフィクションを立ち上げる際に「俳優が何をみているか」に興味を持ったようです。 そして以下のような五感を中心とする実践をしました。
「味覚」 暗闇の中で飴を舐め、味や舌の感覚に集中してみる
「視覚」 今日見たものを10個あげてみる
「聴覚」 殺人ゲーム(人狼ゲームのフィジカル版。目を閉じた参加者の中にまぎれた殺人者がターゲットを1人決める。他の人は足音や服の音に意識して誰が犯人なのか探る。)をやってみる
「味覚」のワークでは、自分が原始人になったつもりになってラーメンを食べるようにしたらとても美味しく感じるという牧さんがお金がないときにやっている行為のエピソードがありました。
また「視覚」のワークでは、キサラさんが「東京の方曇ってんなー」と思ったことを思い出したから「雲」と書いたというエピソードに焦点が当たったり、牧さん自身が「飴」と書いたけどいつの飴のことを書いているのかわからないと話したりし、記憶にあるイメージを制御・加工しないと見たままのものは伝えられないと彼はまとめており、意識と感覚の繋がりに興味を持っているようでした。
ここで牧さんは「俳優が何を味わい何を感じているのかっていうことが世界を構築している、それが演劇なのでは」と言い、次の実践に移ります。
自分の内面イメージの外在化を行う。短所2つ長所1つを絵や記号で描いてあらわしてみる。別の人の描いたものをもらい、気になった1つを選んで書いてみる。
上記のワークで外在化させたイメージを室内の任意の場所に配置して、自分とイメージが等価な状態で存在する空間を散歩してみる。そこには他者のイメージも共存している。イメージもまじえて他者とコミュニケーションしてみる。
上記のワークで室内に置いた自分のイメージを通して他の俳優とコミュニケーションをとっている構図は、私にはとても演劇的だと感じました。
牧さんの「私にとっての演劇」では、パフォーマーと鑑賞者の対話の媒体となるフィクションを上演空間のなかで立ち上げる際に用いる様々な感覚について考えることができました。また、彼が俳優の感覚を通して作られる世界が演劇だと言っていたことから、さまざまな感覚を用いて時空間を異化することが牧さんにとっての演劇の魅力なんだろうなと私は感じました。
記録チーム 馬淵悠美
【牧 凌平 Ryouhei Maki】
1991年12月14日生まれ。群馬県出身。2015年、慶應義塾大学薬学部卒業。大学時代から演劇を始め、作演や俳優として作品作りに取り組む。2013年、大学同期を中心に「かけっこ角砂糖δ」を旗揚げし、企画公演を行っている。演技、演出についての視野を広げるべく、座・高円寺劇場創造アカデミーに入所し、2017年に修了。現在、俳優として活動しながら劇作、演出も行なっている。近年の出演団体は、重力/Note、ゲッコーパレード、演劇ユニットnoyRなど。嗜む武道は空手道。高所恐怖症。