4日目、午前は鹿島の提案で効き水を行うことになった。効き水のプログラムは事前に決められていた訳ではない。滞在中に出た「美味しんぼ」トークと鹿島が選書紹介で持ってきた一冊が関係している。
私は分類する前に考えるのか、考える前に分類するのか。考えることをどうやって分類するか。分類しようとするとき、どう考えるのか。『考える/分類する〈日常生活の社会学〉』ジョルジュ・ペレック(2012年、法政大学出版局)より抜粋
効き水において分類することは不即不離だろう。分類するために考え、考えるために分類を惜しまない、そのあいまいさに身をゆだねること。この文章を書いている今の私も、なにか細い糸をつかみたいという気持ちで書いて、わからなくなったなにものかに名前を付け、わかった気でいて、なにもわかってないのだろう。それでもわかりたいという欲求を抑えることはできないし、同時に分類は継続されてしまうのだろう。どう分類すればよいのかわからない気持ち、わからなさのぼんやりした道程を歩くためのきっかけとして効き水のプログラムはあったのかもしれない。
テーブル上に一列に並べられたペットボトルの水は、原産地、硬軟もバラバラの17種類。二人組みのペアを作り、一人が水を選んで飲ませ、一人は誘導に従いながら水を飲む。この時のルールは以下。
〈効き水のルール〉
被験者は目を閉じて水を飲むこと
誘導者は水が混じらないように、コップを毎度きれいに洗うこと
被験者の水に対するコメントを誘導者はメモしていくこと
一連の動作の後で被験者にコメントをメモしたノートを見せる
はじめに被験者となったのは、鶴坂・小濱・寺越の三名。
鶴坂は普段口数が多くハキハキした印象があるが、効き水の際には一語一語言葉を選んで紡いでいるようだった。「かまいたちみたいにシュッシュッという感じがする」など具体的な物に即した言葉が出てきていた。
一方、小濱は「隣人になれる」「招かれざる客みたいな」など、自分と他者の距離に即した言葉の表出が見られた。自分が出会ったことのある人を想像し、口触りを人物化して、分類しているのだろうか。
寺越は、「地元のきれいな川みたい」「ダムを思い出す」など、思い出に即した言葉を自身の内からゆっくりと思い出しながら、出してくる。目に加えて、耳を押さえて効き水を行っていた。
被験者を交代して、再び実験。記録係の私(宮﨑)も効き水を行ってみた。はじめは、どのような言葉をえらぶのがよいかわからない状態が二、三度続いたが、少しずつ内から言葉が出てくるようになった。心情に即した言葉が多く表出した。言葉が出始めると、少しずつ発語できるスピードもあがってくる。
内山は「この人とは結婚はできない感じがする」「喫煙者とキスした時みたい」など男女関係に即した言葉が出てきた。水が舌に浸透してくる度合いが記録された言葉から伺えるようだ。
一方、前田は粛々と言葉を発していく。「ちょっと明るい」「これ水が楽しそう」など、水そのものに注目したコメントが随所で見られた。自分と水の状態が重ねられて曖昧になってくることで、「楽しそう」「明るい」が出てくるのかも。
効き水後に、ペアとノートを見て、「水の硬さや柔らかさが、その人の言葉で表現されているけど、なんとなく感じることはできるよね」「コントレックスは個性的だから、わかりやすい表現になるね」などの会話があふれた。
今の自分⇔今の自分とは異なる人・もの、が重なる時に効き水の言葉は出てきたのかもしれない。それは、思い出しの作業にも共通することだろう。他者への言葉をひらくきっかけとしての効き水だったのか。なにかを分類することでうっすらと浮上してくる自分や不意の自分との出会い方、自分がわからなくなっていく中で出てくる言葉をこれから、わたしたちは迷いながらも、ずっと、ずっと、探しつづけるのだろう。
効き水後、軽い昼休憩を取り、選書紹介の時間へと移行。それぞれが三冊の本を持ち込み、本の紹介を行った。滞在中の宿のテーブル上に持ち寄った本を集めた「〈Ship〉2018本棚」ができあがった。本の読み込まれ度、ぼろぼろ具合も、大きさも、ばらばらの本たちが今も並んでいる。各人の本紹介と紹介コメントについて以下簡単に書きたい。
鶴坂
『《髑髏城の七人》アカドクロ アオドクロ』中島かずき
『マネジメント 基本と原則』P・Fドラッカー
『檸檬』梶井基次郎
演劇の戯曲を持ってきちゃったと言って『髑髏城の七人』を紹介した。ドラッガーの本は悩みにぶつかった際などにペラペラめくるようにしている。『檸檬』は物語でなく、文体やリズムが好き、とのこと。
小濱昭博
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 下』ユヴァル・ノア・ハラリ
『黒い雨』井伏鱒二
『戦争の悲しみ』バオ・ニン
もともと人類の進化や文明、歴史ということに興味があるので、『サピエンス全史』を持ってきた。最近戦争に興味があって、戦争関係の書物を読み進めている。Shipに来る時も平和式典のニュースがやっていた。
寺越隆喜
『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』清水潔
『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』中村計
スポーツ雑誌「ナンバー9月22日号 甲子園最強打者伝説」第37巻第17号
ドキュメンタリーの書籍が並び、本紹介を行う寺越の語りも臨場感を持っていた。「ほんとうのこと」というフレーズが寺越から何度か出た。自分が興味のあることを突き詰めていく勇気を読んでいて感じるという。
内山茜
『舞台の水』太田省吾
『観世寿夫 世阿弥を読む』観世寿夫
『剣の法』前田英樹
内山は自身が演劇表現を行う基盤にある三冊を紹介した。大学院生時代の論文の参考にしたという太田省吾の書籍、世阿弥の舞台の考え方について。
前田愛美
『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ
『悪魔のいる天国』星新一
『二十四の瞳』壺井栄
前田は母親が星新一が好きで家の本棚に小さい頃からあったから、よく読んでいたと言う。ショートショートの構造を持っていて哲学の本だけど読みやすいと言って、『重力と恩寵』を挙げた。かなり横にラインが引かれ、ボロボロになるまで読み込まれている。最後の一冊を迷ったと言って、『二十四の瞳』を紹介。
坂東芙三次〈Ship〉2017参加者)
『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ
『日本の家郷』福井和也
『考証要集秘伝! NHK時代考証資料』大森洋平
本当の選書3冊ではなく、4・5・6位を持ってきたとのこと。坂東さんの本当の三冊はこちら。坂東さん担当回でもこの3冊が根本にあることは伺えました。
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『くつわの音がざざめいて―語りの文芸考』山本吉左右
『古事記』
鹿島将介
『無知な教師 知性の開放について』ジャック・ランシエール
『信頼』アフォンソ・リンギス
ジャック・ランシエールの『無知な教師』は、〈Ship〉の企画自体の根底にあるものと通ずるところがあるかもしれないとのこと。
記録チーム 飛田ニケ
『日はまた昇る』アーネスト・ヘミングウェイ
『新訳ベケット戯曲全集 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』サミュエル・ベケット
雑誌「美術手帖2017年6月号 SIGNALS!共振するグラフィティの想像力」
女性への好意があるものの、性交ができない男を描いていたヘミングウェイの作品を読んで、中学生の頃に衝撃を受けたとのこと。グラフィティは2・3年前より興味を持っている。
記録チーム 宮﨑莉々香
『西瓜糖の日々』R・ブローティガン
『禅と日本文化』鈴木大拙
『飽きる力』河本英夫
表現とはなにかに通底する本として新書二冊。迷うこと、わからないことが実際の体験と同義化していけたらいいのにと思う最近です。ブローティガンは直接的な表現でなく社会性がにじむところが好き。
選書紹介はその人の自己紹介のような形で成立していた。肩書を並べ立てるのではなく、自身が興味のあることや悩んだ時にどうするか、を皆に掲示してみる。また、他者に語ることで、自分自身でも、わからない時の対処法(それは毎度アプローチは異なるのだろうけれど)を思い出すことにもつながるのかもしれない。ここにも3冊を「選ぶ」という行為に分類の考え方がつきまとっている。
では、それぞれの参加者はどのように分類を行ったのだろうか。自身を振り返り、見つめていく中で、再度ページをめくって心が動く瞬間がそこにあったのだろう。分類を行うことや考えをめぐらすことの動き、わからなさのなかで選択し、またわからなくなることはつまり問いを打ち立て、その問いが壊れていくことに似ているのかもしれない。
わからなくなる時は盲目になりがちだけれど、その時こそ他者へのからだをひらいてみることを思い出したい。(宮﨑)