鶴坂の時間は、新聞紙のうえに模造紙を広げるところからはじまった。ここまで、その時間を担当する俳優が、「自分にとっての演劇」をけっして答えとしてではなくとも、じぶんの身体と声をつかって探ったり語ってみせるような時間が多かったなかで、あくまで彼女は、その場にいる人たちが、じぶんの居方を選べるような環境を重要と考えていたようだ。おのおのの模造紙に、これからワールドマップをかくという。まず、じぶんの身体のイメージをかいていく。
今度は、とりあえず、出来上がったその、じぶんの身体に、その身体から思い起こされるパーソナルなことを、事実そのままから、それをどう思っているのか、その部位にどんな思い出があり、なにを喚起されるか。飛躍を恐れずにかきたいことを、その像を中心に余白を埋めるようにかき込んでいく。
このワークを1時間ほどしたころに、鶴坂から声がかかり、彼女がかいていたワールドマップに集まるよううながされた。そこで彼女は、じぶんのそれを解説しながら、じぶんの家族や、生活における苦悩や、思考の癖など、些細なことも含めつつ、その深いところにある感情や、動機をていねいに探っていく。おそらく、それは聞いているほかの俳優にけっして共有できないようなことではあるにしろ、ワールドマップをめぐるワークによって共有されたそのプロセスから、彼女との距離や違いを知り、そこからより深く、自己や他者について探ることが可能になっただろう。
鶴坂にとって、自分とは、掘り下げるほどにネガティブな対象となっていくが、演劇は、彼女自身を肯定するものとして、現時点では、在るようだ。ワールドマップは、それをかく行いをとおして、自己分析するためのものである。たとえば、自分がポジティブなものと信じていたものが、このワークを通じて、ネガティブにかきおこされたことで、無意識のじぶんに出会うことができる。このようなプロセスから見えてきた、「自分にとっての演劇」は、自分を最低限肯定してくれるだけのものであっても、演じるということから行為し続けるためには、尊重されるべきスタンスであると言えるだろう。
そこから20分くらいで、ほかのひとのワールドマップをみながら、感想やこまかいディティールでの共通点など、言い合う時間に。じぶんがそれをかくときに、感じたプロセスの生々しさを、他者のそれに読みとる難しさが、このコミュニケーションを当たり障りのないものにしていた印象はぬぐえないものの、言葉で交わされる以上に、その筆致をなぞるようにして見えてくる感性的な交流があったと思いたい。(飛田)
【鶴坂 奈央 Nao Tsurusaka】
1989年生まれ、奈良県出身。2011年、文学座附属演劇研究所卒業。2014年、京都造形芸術大学舞台芸術学科卒業。卒業後は、演劇との距離感を模索すべく3年程アルバイト中心の生活を送った。現在は関西にてフリーランスで活動中。出演作品として『イット・ファクター 残酷なる政治劇』(2016年/山本善之作・演出)、『背馳の黄昏』(2018年/同作・演出)、『繻子の靴』(2016年、2018年/渡邊守章演出)などがある。近年は、劇場以外の施設を利用した朗読の上演に、意欲的に参加している。