彼女の発表は、3階の宿泊者の共同スペースの木のテーブルを観客とともに取り囲むような形で始まった。彼女は、自分の言葉を探りながら、「自分にとって〈演劇〉とは何か」という問いから始まったこの滞在中の思考プロセスを自分の中で解きほぐし、一つ一つ観客に手渡していくように、ゆっくりと話した。「演劇をやめる」という想定で「遺書」を書いたという彼女。しかしその遺書は公開されない。彼女の現在の関心は「このまま〈演劇〉を続けるか?」というところにあるようだ。
彼女がこの日行ったのは、以下のようなことだ。まず、過去のある時点(演劇をはじめた2014年から現在までの一年ずつ)での自分にとっての「〈演劇〉とは何か」を書いた文章を全部で5人の観客に一人一年分づつ渡し、黙読してもらう。(最後の一人の分は4年分のすべての文章が書いてある。)そのあと、読んでもらった観客それぞれに、文章を踏まえてその年の「藤井祐希」になりきってもらい、その後、彼女からの「はい」「いいえ」で答えられる同一の質問に、一人一人答えてもらうというものらしい。
こんな無茶ぶりにも関わらず、彼女が協力者を募ると、5人の観客が立候補した。5人と藤井は真ん中のテーブルを囲んで座る。彼女が5人の観客に1枚づつ、紙を渡す。観客らがじっくりとその文面に視線を滑らせる、無言の時間が続く。読んでいる様子を、真剣な表情で見つめる藤井。テーブルを取り囲む彼らの様子を周りで取り囲んで見守る他の観客。テーブルの真上に2つある白熱灯の暖かい光が、6人を照らしている。
全員が読み終わったところで、質問の時間が始まる。
その質問とは、「あなたは今後も演劇を続けていきたいですか?」というものだった。なんとストレートな質問であることか。観客が、「はい」「いいえ」と答えたあと、藤井が理由を聞く。時間をかけて彼女の文章を読み込んだ観客たちは、彼女の問いかけに丁寧に回答する。5人のうち、4人は「はい」と、1人は「いいえ」と答えた。回答は、彼女の文章から直接抜き出されたものというよりは、そこにその観客個人の解釈が加わったものだ。はじめは直接的な質問だと驚いたが、回答者は、自分自身のことでないからこそ、余計な思いなしに、素直に、ある意味他人事的に答えられるものなのかもしれない。
周りの観客は、5枚の文章を読むことはできない。が、「あなたは今後も演劇を続けていきたいですか?」の答えに対する理由が話されるたび、そこに何が書かれているのか気になって仕方なくなる。藤井は、観客からの答えを聞くとき、反論するでもなく、肯定するでもなく、ただただ、「なるほど」と言葉を自分の中に染み込ませていっていた。そしてこの時間の最後も、確固たる答えは出さずに締めくくられた。彼女は、「〈演劇〉続けるか?」ということに対し、一人では描くことのできないいくつかの点をその場にいる観客とともに明らかにし、未来への補助線を導こうとしたのだろうか。印象的だったのは、彼女の目だ。人を見つめるとき、そして自身の過去と未来を見つめる瞳は、なんというか、まっすぐだなー、と思った。
(寺田)
【藤井 祐希 Yuki Fujii】
1993年生まれ。群馬県出身。2014年に上京し、座・高円寺が開設している演劇学校、劇場創造アカデミーで2年間演劇を学ぶ。修了後2年間はフリーの俳優として精力的に舞台に出演。活動に迷いがでてきたため、現在は舞台に立つことを休止して、自分がやりたい表現とはなにかを模索している。