劇場から階段を上って本日3回目の2階スタジオへ。もう最後になるが、この一部屋一部屋それぞれでその部屋の「主」のような俳優たちが待ち受けている様子は、なんだか順々に敵を倒していくアクションゲームのようだ。と、なると次はラスボスだ・・・何が待ち受けているのだろう・・・
部屋に入ると、そこには驚愕の光景が広がっている。電気が消された暗い部屋。シュテンダーに取り付けられた電球が一つ光り、外からも月光と街灯が射す。床面の3分の2程度の広さには円く、謎の白い粉や何かの破片、枯葉のようなものが散らばって(いるというか、ばら撒かれて)おり、その上に大量の卵が「立って」いる!そして、その中心で、幾つかの卵を抱えた本田が、何やら怪しい踊りなのか動きをしたり、集まりつつある観客にニヤニヤと語りかけながら、残りの卵を一つ一つ床に立てていく。(卵は全部で100個(くらい)あるようで、残りの3個を立ているようだ。)卵の表面には、何かが書いてある。そして、それぞれの卵は幾つかで一つのグループのようにして群れのように決められた(ように見える)場所に配置されている。
なんだこの異様な光景は・・・
不思議な景色に圧倒されながらも、本田の囁くような絶妙な語り口に、ときどき、こっそりとした笑い声が、会場内のここそこから聞こえる。
「・・・じゃあ、はじめます・・・」低い声が、部屋の中で反響する。
なぜ卵を立ているのかという説明を、卵を立てながら本田は始める。ゆっくりと。 今回、本田自身は〈Ship〉に「立場」というテーマで臨んだ。
卵一個一個には、本田の家族・友人・旅で出会った人など、大切な人たちの名前が書いてあるそうだ。
突然始まったのは、自分の息子が生まれた時、チンパンジーの子と一緒に、同じように育てた、あるアメリカ人の話。3歳まではチンパンジーの方が、ヒトの子よりも、身体的にも頭脳的にも優秀だが、3歳から5歳過ぎるくらいで、ヒトが逆転する。彼は、その間で何が起こったのか研究した。実験の結果、3歳児と5歳児の違いは、「立場」を交換することができるか否かというところにあった。
(本田が話しているのは、ハインツ・ヴィマーとジョゼフ・パーナーによる「誤信念課題」(False-belief task)であると推測される。この研究によると、他者の心の状態、目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測などを推測する心の機能が4歳児で獲得される。参考:Wikipedia「心の理論」)
本田にとって、「立場」を交換することできる、ということが、演劇や人間の根本的な大事な部分なのではないかという。
違う立場の人が、どう立場を交換できるのか。それが見られる舞台を見たい。・・・それを一週間で再現したのが、今日の発表なのだそう。彼は、(卵の)100人を舞台に上げた。それを話しながら、彼が持つ卵は最後の一つになった。それは、(あの「柿喰う客」の)玉置玲央さんの卵だった(笑)
「旅」について。彼は、今年はずっと旅をしてきたそうで、旅を通して異なる立場の人に出会った。旅を通して、立場を交換できるということについて話した。劇場に行くこと、謎の粉を撒き散らすことも旅なのだそう。
(このように話している間もずっと、本田は自身の、細かな、ゆっくりとした、踊りのような動きを続けている。本田の声は、暗い中でしっとりと発せられていることもあり、染み込んでいくような、洗脳されていくような気がする。)
「玉置玲央さんの卵」を、電球の光が最も明るく床を照らしている部分に置く。
卵の紹介をしていく。家族、友人・・・窓の方には、本田の家族の卵が集まっている。19100年9月17日の雨の日に生まれた本田。1960年4月13日(たぶん曇りの日)に生まれた本田の母。去年の2月に亡くなったおじいちゃん(本田の母の父)。卵は割られて、食べられた。
「僕を、最後に、どこかに、置いてみたいんですけど、どこに、置くべきか、まだ、見つからないので・・・・・・・こうしてみようかな、と思います。」
と同時に、持っていた卵を放り投げた。卵は曲線を描いて宙を舞い、暴力的な音を立てて床の上で割れ、中の液体が床に広がった。
アコースティックギターに落ち着いた女性ボーカルのBGMが音量を上げ、本田は突然、激しく踊り出した。うめき声を上げ、床をのたうち回る。踊っているというより、生まれる直前のよう、何かを産もうともがいているよう。さっきまでの落ち着いた語りからは想像がつかない。床を踏みつけ、息を切らし、我を忘れているよう。音楽が終わってからも、踊りは続いた。動きは徐々に落ち着き、我に返ったように動きは止まる。最後一礼したところで、観客からの拍手。
「最後に今日は満月なので、」と、屋上に上がるよう促す。屋上から空を見上げると、鮮やかな満月だった。
(寺田)
【本田 椋 Ryo Honda】
1990年生まれ。新潟県長岡市出身。劇団 短距離男道ミサイル所属、俳優。 東北大学在学中に演劇部に所属し舞台活動をはじめる。2012年より劇団 短距離男道ミサイルに所属。同劇団にて2017年『母さん、たぶん俺ら、人間失格だわ〜』にて、CoRich 舞台芸術まつり!2017春 グランプリ受賞。コトリ会議、飯田茂実演出作品など外部出演作多数。利賀演劇人コンクール2019『桜の園』(中村大地 演出)にて、俳優として史上二人目となる奨励賞を受賞