日下七海・担当回

演劇に対して非日常性の高いフィクションへの興味関心があるという彼女は、現在興味がある突発的な内面の露出をキーワードに進めました。

リズムゲームで朝の脳トレをした後、早速ワークへ。

ペアで行う連想ゲームは相手が言った単語から連想するものを瞬時に答えて、それを繰り返すというもの。「違う単語に対して何度も出てきてしまう同じ言葉がある」との意見もちらほら。

続いてモノとモノとを自由に掛け合わせていく作業が進行中。座・高円寺で毎年開催されている「リトル高円寺」の、子供たちが廃材を自由に組み合わせてオブジェを作っていくのを、ふと思い出したり。

モノそれ自体がもともと持っている機能性を括弧にいれることで、関係の可能性を拓いた状態でモノに触れ直していく。これもあらかじめカタチを企んでしまう場合と、その都度その場で発見していくのとでは、まとまり方にも違いが出てきますね。

音楽が鳴り響くなか、モノとの関わりを模索する作業を経て、さてここで日下さんの興味がある舞台とは?

「普通の人間と機械的な人間・一般的ではない人間が対立している舞台は面白い」

この対立と同じ構造は、舞台上VS観客でも起こることがあるとのこと。

その例として、ここでひとつ映像を観ます。過去にKEXも招聘しているルイス・ガレーのインスタレーション。観客が演者をモノ扱いする距離感、演者がモノになっている瞬間がある作品への志向。そこで日下さんは、自分を道具として扱う感覚は大事だと気づいたそうです。モノと見られながらも、自分でしか出せないものを出していく。

次に再生されたのは、ピナ・バウシュ『コンタクト・ホーフ』。あの有名なシーンのひとつ、大勢の男に全身を触られる女のシーンに私は移入してしまうと、日下さん。彼女の持つモノ的な認識の原初は一体どこから来ているのでしょうか?

台詞に気持ちを込めて演技するというよりも、楽器のように声を発する感覚があり、それは自分自身がもともと演奏家(中国琵琶ヒケマス)でもあり、そこからの興味志向もあるとのこと。頭で考えては出てこない感覚が大事だと思っていて、突発的に出てしまうものが自分には感覚的にスッキリする。自分のバロメーターと向き合う、ここまで越えられる感覚はどこか、深い感情が出てきたかどうかなどなど。でも即興的なものはあまり得意ではないので、突発的に出そうと意識している。これは混合しやすいので言い換えると、「やってみた(即興的・場)と出ちゃった(突発的・直感・バックボーン)の違い」だそうです。

クルクルと変換していく関係のパズルに自らの身体をも放り込んで機能させようとする志向性が際立つ一方、その時々に噴出する衝動とその根源にある情動に強い信頼をおいている彼女は、〈演劇〉に何を期待しているのか?

「異空間・異質なものと日常の構図がある中で、リアルなままでの〈異なる世界〉を、舞台は生み出すことができる」

二元論的な構図におさまりがちなところから話を進めながらも、日下さんにはその続きがまだまだあることを直感しながら、ひとまず現在地はココデスと言ってみた感のある時間となりました。

以下は参加した牧くんと小濱さんによる雑感。

「言葉の選び方や道具の扱い方に対する突発的な選択(直感)が自ずと演者のパーソナルな部分と結びつく。 それは「癖」なのか「武器」なのか。 自分の思考回路の偏りにも気づかされました。」(牧)

「人間をオブジェ化(機能だけを抜き出す?)した作品の映像観る。事象と観測する人との距離感の変化について、そこに何があるのかを探っていく。また、機能を持った物体から機能を切り離し、その物体そのものから立ち上がる性質を、俳優の持つ作家性/遊戯性を元に多くのものを立ち上げていく。観客はそれらの事象を様々な距離や立場で捉え、その位置関係は仕掛けによって大きく変わって行く。その距離と移動はいつ行われるのか、という問いを投げかけた。」(小濱)


【日下 七海 Nanami Kusaka】

1995年生まれ。5歳よりバレエ、7歳より中国琵琶を始め、中学生よりコンテンポラリーダンスを始める。大学に入学後関西にて演劇を始め、現在「安住の地」に所属。安住の地での作品の他に、維新派『透視図』『トワイライト』『アマハラ』、ヨーロッパ企画「ギョエー!旧校舎の77不思議」などに出演。2019年講談社主催のミスiD2020にてSPOTTED賞受賞。また中国琵琶にて国内外でさまざまに賞を受賞。