坂東芙三次・公開シェアレポート

観客は、3階共有スペースに集められた。テーブルの上には地図のような図のようなものが書いてある模造紙が2枚、置いてある。何人かの観客はテーブルの周りの椅子に座り、他の人々は周りに立った。

坂東はこれまでの移動時間中、建物階段のあちこちでイヤホンをした状態で謎の行動(踊り場やドアと壁の隙間でゆっくりと動く、動かない)をしていた。そんな彼女が自分の時間では普通に喋り始めたのでなんだか不思議な感じなのだが、とにかく彼女はこれまでの自分の行動がどう見えていたか、観客に問うた。唐突な問いにも、少しの沈黙の後、「時間の一部を切り取っている」「違う時間を過ごしている」等の意見が出た。

彼女はそれらを受け止めた後、自分の滞在中の活動について喋り始めた。「劇場って身体みたい」という思いから、「劇場を徘徊する」ということをすることにしたらしい。それによって、予想外にも、劇場に一部になったような感触を得たそうだ。

話は、「俳優の責任」 に移っていく。彼女は、能の舞台や神楽でのパフォーマンスを引き合いに出しながら、パフォーマンス中の自分の視点を、興奮しながら話し始めた。普段押さえつけられているものが取り払われ、どんどん言葉が溢れてくるようにも見えた。

「私、常々思ってるんですけど、俳優の方が、よっぽどいい景色を見ている、ということなんですね。例えば私、能楽堂の経験はないんですが、神社の境内で、神楽殿で、奉納舞っていう、まあ日本舞踊やってるからやるんですが、すごい立派な木がたくさん立ってたりとか、季節だと花が咲いてたりとか紅葉したりとか、青空めちゃくちゃ綺麗だなみたいな風に見えたりすると、みんな、なんか木の板に松とか書いてあるやつみてて。ま、私がなんかしょぼいことやってますけど(笑)。『私の方が断然眺めがいいのは何故だ』と思うんですね。」

さらに、彼女がじぶんの感触にヒントを見出したという「お茶室」でも、「ホスト」が一番いい景色を見て、「ゲスト」はお茶碗を褒める等という役割があるという。俳優は、じぶんが見ている美しい景色(「本当の世界」 と彼女は表現していた)を全身で受けて、それを跳ね返す「責任」があるのかな、と考えたのだそう。私も俳優だが、なんと新しい視点なのか、と、目から鱗が落ちる思いだった。

その後、弓井さんのワークショップで出会い意気投合して一緒にタイ料理を食べに行った友人との話。坂東は、その友人との話しを話すうち、涙までしながら、自身の俳優としての経験を振り返っていた。その人との時間が、どれだけ彼女にとって重要で、どれだけ濃い時間だったのだろう。最後、ここまで熱く語ってきた彼女の時間は、さっぱりと締めくくられた。

「私にとっての演劇というのは、準備してた理屈みたいなのは、まあ、こういうこと(模造紙を示しながら)になるんですけど、『あ、自分が思ってたよりもっとひろいぞ、これから面白いぞ、というとこに来た』という報告でした。」

彼女は、いわゆるパフォーマンスをやっているわけではなく、むしろ観客の間近で話し続けていたのにも関わらず、観客に寄り添いすぎず、離れすぎず、15分間以上、観客の集中した視線を掴み続けた。プレゼンというよりは、モノローグのように見えたのは、私だけではないのではないか。

次の会場は一階劇場。ここでやっと初めて劇場が使われるのか、というなんとなく安堵とともに階段を降りる。

(寺田)


【坂東 芙三次 Fumiji Bandoh】

1984年生まれ、愛知県出身。日本大学藝術学部演劇学科演技コース卒。日本舞踊志賀次派坂東流名取。2012年より静岡県舞台芸術センター(SPAC)参加。主な出演作に、宮城聰演出『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』『メフィストと呼ばれた男』、大岡淳演出『王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの「鳥」~』、多田淳之介演出『歯車』、セリーヌ・シェフェール演出『みつばち共和国』など。演出・出演作品では、2013年ギィ・フォワシィ劇コンクール『相寄る魂』にて敢闘賞・讃陽食品賞・朝日ネット賞を受賞、利賀演劇人コンクール2013『紙風船』にて出場。